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名古屋高等裁判所 昭和43年(ラ)130号 決定

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原審判を取り消す。抗告費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、その抗告理由は別紙のとおりである。

よつて、判断するに、本件記録によれば、次のような事実が認められる。

抗告人と相手方とは兄妹の間柄にあり、共に津市に住所を有するものであるところ、相手方は、抗告人に対し、昭和四三年九月一八日岐阜家庭裁判所に「同庁昭和四二年(家)第三八二号遺産分割申立事件の審判に基き、抗告人が相手方に対し使用させなければならないものと定められた津市大字小舟四〇九番の一宅地一八八坪のうち同番地所在の家屋番号四〇九番の二木造瓦葺平家建居宅床面積二一坪の建物敷地の範囲について、当事者間に争があるので、その範囲の確認を求める」旨の家事調停の申立をした。原裁判所はこれを受理し、抗告人不出頭のまま調停期日を二回開いた。抗告人は、右は家事審判法、同規則に違反することを理由に管轄裁判所へ移送を申立てたところ、原裁判所は前記審判事件につき自庁において充分な調査審問を経ているから自ら処理するのを相当と認めるとして、右申立を却下する旨の審判をした。

ところで右事件は、家事審判法一七条所定の「家庭に関する事件」というべきであるから、相当方の住所地または当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄することは、同規則一二九条の定めるところ、原裁判所を管轄裁判所とする合意の存在を認める資料のない本件においては、原則として抗告人の住所地である津市を管轄する津家庭裁判所に申立てるべきものであるところ、原裁判所は、同規則四条一項但書により事件処理のため特に必要があり、自庁で処理するのを相当と認めてこれを受理したものであることは明らかである。

そこで、「本件のように管轄権のない家庭裁判所が移送せずに自ら事件を処理する場合に、当事者ことに相手方において不服の申立ができるかどうかについては明文がないので、争があり、同規則四条の二において家庭裁判所がその管轄に属しない事件を他の家庭裁判所に移送する旨の審判に対しては即時抗告が認められていることの権衡上、これを積極に解する説もあり、これは確かに立法論としては十分に検討に値するものといわねばならない。しかしながら、家事事件の公益性、迅速性に鑑み、家事審判法一四条において、同法に基く審判に対する不服申立は、家事審判規則に定めをしている場合にかぎり即時抗告を許した趣旨、並びに同規則四条一項但書の自庁処理について、実務上何らの審判もされず、これに対し移送の申立、即時抗告を認める明文の規定もないことから考えると、右自庁処理の必要性の判断については、当該家庭裁判所の裁量事項に委ねられ、当事者は、これに対し移送の申立も、不服の申立も許されない趣旨であると解せざるを得ない。してみると、右自庁処理の措置により不利益を受ける当事者が当該家庭裁判所に対し移送の申立をしても、右は家庭裁判所の職権の発動を促すにとどまるものであるから、この申立に対しては家庭裁判所は何らの審判をなすを要しないものであり、裁判所が移送申立却下の審判をしても、当事者はこれに対し即時抗告ができないものというべきである。同規則四条の二は、家庭裁判所が職権をもつて事件を移送する旨の審判をした場合にかぎり、即時抗告をなしうることを定めているに過ぎない。したがつて、本件即時抗告の申立は不適法としてこれを却下するほかはない。

(なお、附言するに、一件記録によると、本件紛争の実情はかなり複雑であり、当事者双方とも津市に居住し、係争土地家屋も同市に所在し、抗告人は老令で病気のため遠距離旅行ができない旨の医師の診断書を原裁判所に提出しているのであるから、今後も引続き調停期日に出頭しないことが予想される。本調停を実施するためには調停委員会は抗告人から直接事情を聴取し、且つ、係争土地家屋の形状、その利用関係等を現地に臨んで事実調査をする必要のあること明かである。なお、相手方が本調停を申立てる以前(昭和四三年八月)において、抗告人は同一紛争につき相手方に対し津簡易裁判所に土地明渡等の民事調停を提起し、調停実施中である。以上の事情を勘案すれば、原裁判所は、職権をもつて本来管轄権のある津家庭裁判所に事件を移送し、同裁判所において右関連事件の記録を取寄せて事件を処理すれば、当事者の管轄の利益を保護し、調停の目的を達することにもなるのであるから、原裁判所が特に自庁処理の措置をとる必要があるものとは認め難い。)

よつて、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 井口源一郎 裁判官 土田勇)

(別紙)

抗告の理由

一、岐阜家庭裁判所(以下岐阜家裁と略称)が申立人の本件管轄違を理由とする移送申立却下の審判理由として「本件は同庁昭和四二年(家)第三八二号遺産分割事件についてなされた昭和四二年一一月一四日附確定審判において相手方(本件申立人)が申立人(本件相手方)に対し使用させなければならないものとされた家屋の敷地部分の範囲についての当事者間に争いがあるのでその範囲の確認を求めるものであつて申立人(本件相手方)と相手方(本件申立人)とは妹と兄の親族関係にあるものであるから本件は正しく家庭に関する事件として調停を行うべき事件である。また、相手方(本件申立人)の住所はなるほど津市にあるけれども前記審判事件については当庁において充分なる調査、審問を経ているところであるから本件処理のため本件は管轄裁判所に移送することなくみずから処理するのを相当と認める」と説示し家事審判規則第四条一項但書に基いて前記却下の審判がなされているようでありますが、この御見解は後記各法条に違反し以下の事実に徴してまことに不相当であり事実を誤認せられているものと思料します。

二、事実関係を上申します。

(1)  相手方が求める土地使用範囲確認とは岐阜家裁が昭和四二年(家)第三八二号遺産分割審判において認容された相手方所有家屋敷地二一坪(六九・四二平方米)以外の不法占有に係る約一二坪の使用を確認させようとするものでありこれについて相手方は先に前記審判には明白な誤謬があるとして更正審判を得ましたので申立人は直ちに御庁に即時抗告をなし当該更正審判が取消されていることは御庁昭和四三年(ラ)第四〇号遺産分割審判更正審判に対する抗告申立事件においで顕著の事実であります。申立人は右御庁の決定に基き相手方に対し家屋敷地二一坪の賃貸借契約、賃貸料協定、不法占有地域明渡等につき津簡易裁判所昭和四三年(ユ)第一一号事件で調停申立をなし目下続行中であります。故に相手方はこの調停において使用範囲についての賃貸借等十分主張調停を求められる地位にありその機会が与えられているのであります。この進行中において相手方は全く無駄な先の審判内容の更正を目的とする調停申立をなし制度を濫用するに過ぎないものであります。

(2)  相手方が使用範囲確認を求めるのは御庁昭和四三年(ラ)第四〇号事件で明かな遺産分割審判で認容された以外の地域約一二坪でこの地域は申立人が亡富蔵の遺産を全兄弟姉妹に分配するため津家庭裁判所昭和三九年(家イ)第一〇二号遺産分割審判申立事件の係属中相手方及び訴外岡本重道(相手方の夫)訴外田中民生(亡富蔵六男)等が共謀して長男である申立人に一粒の米も与えないようにするため被相続人亡田中富蔵の印鑑を偽造し偽造遺言書四通を提出しましたが何れも訴外田中民生の二男訴外田中耕治に全遺産を包括遺贈しようとするものであり、申立人が偽造を発見しましたので津地方裁判所に遺言無効確認を提訴しましたところ、相手方等は病中の亡父を岐阜市所在訴外田中民生宅に連れて行き、住民届まで変更していたので相続開始地は岐阜であるとして前記訴訟は岐阜地方裁判所に移送され同庁昭和四〇年(ワ)第一七三号事件として係属し、その審理中相手方等夫妻は無断で本件使用地域一二坪に家屋を増築したのであります。岐阜地裁は遺言偽造が鑑定の結果略々明確になつたので兄弟間の争いとして和解を勧告されましたが、不調となつたので職権で岐阜家裁昭和四二年(家)第三八二号調停事件に付されまして申立人に同庁がみずから作成した調停審判申立書に署名押印して送付せよとその申立書を送付されましたが、申立人並に長女杉田みさゑ等は相手方の憎くむべき行為は許されない既に肉親兄弟姉妹の域を超えるものとの怒りに基き無効確認の判決を希望して譲らず、右申立書を握りつぶしにしましたところ、同家裁はこんどは前記訴訟の相手方田中民生から多分申立人同様のケースであろうと思われますが調停審判の申立をさせましたが、申立人並に杉田みさゑは判決を希望し、調停審判を好まないので一度も出席したことがありませんから理由説示に謂う調査、審問は受けていません。そのうち審判書が送付されましたが全遺産が長男たる申立人に田中家を承継させるため何れも相続分を放棄し全遺産は申立人の所有となつたので右審判に承服確定をみた次第であります。岐阜家裁は妹であるから兄であるからとの単純なお考えをしていられますが、申立人並に訴外亡富蔵長女杉田みさゑ等は相手方夫妻並に訴外田中民生等とは兄弟姉妹の絶縁を宣告し寧ろ仇同様に思いそのような間柄におかれていますことは、別紙杉田みさゑの証明するところであります。また、使用範囲確認の目的たる地域は前記のように不法占有によるものでありまして確定審判において認容した使用範囲外であり従つて法律上の性質を異にするものであります。故に純然たる民事訴訟事件として提訴すべき筋合のものであり家事々件ではありません。

殊に申立人は長期にわたり心臓疾患等による病身であり、別紙診断書の如く遠くに出向くことは生命の危険をもたらせ到底岐阜家裁には出頭不可能であります。

本件使用範囲確認を求める目的物即ち不動産所在地は申立人の住居地その所有地の一部であり相手方も申立人も此処に住居しており当然事物管轄は津地方裁判所又は家庭裁判所乃至前記調停事件係属中の津簡易裁判所を管轄裁判所とするものであります。

三、以上の次第で岐阜家裁の本件移送申立却下の審判は家事審判法第九条第一七条に反し民事訴訟法第二条第五条第一七条第二〇条家事審判規則第一二九条第一二九条の二に各違反するものと解しますので本件審判を取消し申立趣旨のよう御裁判を賜り度く申立に及んだ次第であります。

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